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徳川家康

      2019/02/08

永禄9年、ユリウス暦1567年2月8日は徳川家康が、朝廷から徳川性を名乗ることを許されて、松平家康から徳川家康になった日ということです。随分昔のことなので、当然太陽暦に直して落ちうことですが。

徳川家康と言えば、亡くなる原因が鯛の天ぷらを食べたからだということで有名ですけど、じつはそうではなかったということです。胃がんだったということですが、家康が亡くなってから以降江戸城内で天ぷらの調理はだめになったというお話です。で、これも間違いだということで、実は当時はもちろんガスではなので、鍋の温度をうまく調節することが難しかったことと、それによって油に火が入ることで、大きな火災が起きるため、江戸時代の天ぷらはずっと屋台での食べ物ということになっていたようです。確かに天ぷらは温度のコントロールが難しいです。ちょっとwebで調べてみると、長崎由来のいわゆるフリッターのような天ぷら、関西から江戸の方に伝わった天ぷらは、長崎由来のものがラードで揚げっていたのですが、これがごま油になってあっさりと揚がるようになったよのもののようです。これは正しいのかどうかわかりませんが、天ぷらって蒸し料理のバリエーションですよね。衣をつけて油であげるということで、衣の中の材料を、材料の水分で蒸し上げるという。昔、祖母が言っていたのですが、何か災害があって、食べ物を売るということになった場合は、天ぷらにして売れということでした。今思うに、多少下ごしらえが荒くても衣に隠れるし、高温で料理するので安全性が高いということだったのでしょう。

関西では魚のすり身を揚げたものも天ぷらと呼ばれているのはご存じですよね。関東なんかで言われるさつま揚げですが、薩摩ではさつま揚げと言っても通じないとか。めったに食べる機会はないと思うんですが、揚げたてはとっても美味しいんですよ。

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