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食べられなくなってしまうこと

      2016/06/07

食べられなくなってしまうこと

どうも気が弱いせいか、いわゆる「活き造り」というものが食べられません。魚がピクピク動いているのに、そこに盛り合わせてある身を食べるのはちょっと引いてしまいます。普段は小さな虫が飛んでいても、キャーキャーと騒ぐ女性がなんのためらいもなくそういうものを食べていると、なんなんだ?どういう神経なんだろうか?と疑いの目を向けてしまいます。

子どもの頃、自然を紹介のドキュメンタリーで鮭の一生みたいなものを見た時、産卵を終えた鮭が息絶えて川を流れていく姿を見た時は、暫く鮭を食べることができませんでした。
たぶん、養豚場とか、肉牛飼育の場に行って、動物たちと触れあうと、しばらくは食べられないんじゃないかと思うのです、養鶏場なんかもそうなんでしょうねえ、たぶん。卵が生まれてくるところくらいは大丈夫だと思うし、普通の乳牛がいる牧場とかも大丈夫ではないかと。
岩手県の小岩井牧場に行った時は大丈夫でしたし、牛乳も飲めましたね。おみやげに、発酵バターも買って帰れましたから。たぶん、動物と触れ合って多少なりとも情が移ってしまうというか、何らかの状態になったら無理なんじゃないかなあと。

と言って、菜食とかでも結局は他の命を断って、自分たちが生きるために食べるという。どちらにしても、ごはんを食べる時には心をこめて「いただきます」ということは大事かなと。聞くところによると「いただきます」というのは、日本だけで…、キリスト教の国では食べる前にお祈りとかしてますよね。これも食育ですかね、大事です。

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